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[連歌 鳥の歌]@高槻 シンギングトーンに酔いしれる

10月7日、[連歌 鳥の歌]コンサートが高槻市のライブハウスSTUDIO73にて行われた。

[連歌 鳥の歌]@高槻

STUDIO73は1980年(昭和55年)に「ドン・キホーテ」としてオープン、1985年にリニューアルされ、現在の名前になったという。以後、約30年にわたってプロデュース公演を行ってきたが、2009年に公演は終了、現在はレンタルホールとして使用されている。

収容人数73名というコンパクトなホールだが、音響や照明設備は本格志向、なによりもドイツの実力派ピアノGROTRIAN:グロトリアンが採用されているところはSTUDIO73の意気込みを感じる。

▼STUDIO73

STUDIO73 STUDIO73

ドイツ製のピアノといえば、「Steinway:スタインウェイ」、「Bösendorfer:べーゼンドルファー」、「Bechstein:ベヒシュタイン」が有名で、日本のコンサートホールの多くは3つのいずれかが採用されている(スタインウェイが多いように思う)。

この3大ピアノ以外にも、ドイツには本当に素晴らしいピアノが揃っている。GROTRIANもその1つ。「アップライトピアノでは最高峰」とも称され、グロトリアンの音色に惚れると、とことん気に入って愛用するようになるという。

そんなグロトリアンの音色を、井上鑑さんの演奏で聴かせていただける……。貴重なライブになった。

井上鑑(ピアノ、ボーカル)

ナターシャ・グジー(バンドゥーラ、ボーカル)

金慶子(カヤグム) [敬称略]

 

▼石巻の障子紙アート、今日も一緒に旅しています

連歌 鳥の歌@STUDIO73

Arrirang (朝鮮民謡)

キエフの鳥の歌 (ウクライナ民謡)

Absolute (作曲:井上鑑)

アンニョンパラン (安寧の願い)

眠りたくないの (作詞:K.グナチュク、作曲:I.ヴィリック)

リムジンガン(臨津江) (作曲:高宗漢)

いつも何度でも (作詞:覚和歌子、作曲:木村弓)

見上げてごらん夜の星を (作詞・作曲:いずみたく、永六輔)

Image(作曲:John Lennon)+ Amazing Grace(作詞:John Newton)

 

はるかに遠い空 (作詞:ナターシャ・グジー、作曲:井上鑑)

ぶらんこ (作詞:矢川澄子、作曲:井上鑑)

Wish (作詞:本田美奈子・一倉宏、作曲:井上鑑)

希望の灯 (作詞:K.グナチュク、作曲:I.ヴィリック)

翼をください (作詞:山上路夫、作曲・編曲:村井邦彦)

鳥の歌 (カタロニア民謡)

木もれびの中で (作詞・作曲:金子飛鳥)

故郷:ふるさと (唱歌 作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一)

 

オープニングは金さんが登場し、朝鮮半島の弦楽器「カヤグム:伽耶琴」を膝の上に乗せ、朝鮮民謡『Arirang』を演奏。弦を抑える左手が何度も細かく上下する。カヤグムの形状は筝と似ているが、片方を膝に乗せて演奏するところは異なっている。筝よりも太い音色を奏でる。

本日の金さんは、紺色のロングスカートに、紺色の刺繍が特徴的な白地のブラウス。朝鮮半島の民族衣装とのこと。チマチョゴリの一種なのだろう。

入れ替わってナターシャ・グジーさんが登場し、ウクライナの弦楽器「バンドゥーラ」を弾きつつ、ウクライナ民謡『キエフの鳥の歌』を歌う。照明を浴びてバンドゥーラの63本の弦はキラキラ輝いている。

本日のナターシャさんは、黒のパンタロンに、赤い花の刺繍が特徴的な白地のブラウス。こちらもウクライナの民族衣装とのこと。

入れ替わって井上鑑さんが登場。ご自身の楽曲『Absolute』を、ドイツピアノGROTRIANにて演奏。

GROTRIANの音色は、かなり力強い。エネルギッシュな響きで饒舌に歌い続けている。まさにシンギングトーンである。同じ『Absolute』でも、今日の演奏は流麗でたおやかさが増していたのは、GROTRIANの影響も大きいと思う。

今日はどうやら演奏者1人ずつ、入れ替わりに演奏する構成らしい。2巡目スタート(笑)。入れ替わって再び金さんが登場。

今日はカヤグムが2面用意されている。朝鮮半島で一般的な12弦と、洋楽を演奏するために改良された21弦。次の曲『アンニョンパラン:安寧の願い』は、12弦のカヤグムで演奏された。12弦カヤグムは、紐で弦を引っ張りつつ演奏する。張力ゆえか、21弦よりも響きが際立っている。右手で弦をはじき、左手はつねに細かく弦を張って調整する。もの悲しげな印象を受ける曲だった。

入れ替わってナターシャさんが登場し、ウクライナの恋の歌『眠りたくないの』を熱唱。

顔の表情がくるくる変わり、ひじょうにコミカルで愛らしい。「ウォ~!」と甲高い叫び声が入るところ、『深い井戸』と同じイメージ。

ウクライナの恋の歌はどれも、こういうふうに明るくてポジティブで楽しいのだろうか? 日本の恋の歌は失恋曲のほうが多いし、そのほうが売れる。これもお国柄なのかもしれない。

入れ替わって鑑さんが登場し、GROTRIANの紹介。そして、

「今日の二人は民族衣装で登場ですが、僕は民抜きの俗な衣装です」と鑑さん。

……がくっ。意味はわかるのだけど。スベリましたね、鑑さん(^^;)

金さんも登場し、鑑さんと金さんで『リムジンガン』を演奏。フォークソングになった曲ではなく、原曲のほうが演奏された。臨津江(リムジンガン)は、韓国と北朝鮮の軍事境界線のほど近くにある。このタイトルをもつ曲も、南北分断を悲しんだ曲だという。

カヤグムもGROTRIANも深く心に染みいる演奏で、この曲の意味を知っている方々には涙なくしては聴けなかった模様。

入れ替わってナターシャさんが登場し、バンドゥーラをつま弾きつつ『いつも何度でも』。歌うたびにますますナターシャさんの楽曲になっていく。

金さんが登場し、ナターシャさんと金さんで『見上げてごらん夜の星を』。

今朝、唐突に思いついて、演奏しようと思ったという。「今日の夜が素敵な夜になりますように……」とナターシャさん。マミーのように包み込む温かさで歌ってくださった。

バンドゥーラとカヤグム。お国柄も音色も雰囲気も異なる2つの楽器がここまでフィットしてしまうことはとても興味深い。心の奥底でお二人が似たような想いをいだいているからかもしれない。

井上鑑さんも登場し、3人による演奏。

まずは、鑑さんが『Imagine』を、アップテンポなジャズテイストで演奏。軽やかでジャジーな演奏はそのままシームレスで『Amazing Grace』へとシフトしていく。カヤグムの音色を聴きつつ、インプロで和音を追加する鑑さん。GROTRIANとカヤグムが下支えするなか、ナターシャさんは『Amazing Grace』をしっとりと歌いあげる。

GROTRIANの和音がとても印象的で、鑑さんの伝えたい気持ちが溢れていた。ずっと聴いていたい氣分だった。

 

10分の休憩の後、後半へ。

後半はナターシャさんはボーカルに専念し、伴奏はGROTRIANとカヤグムで行われる。

『はるかに遠い空』は、ナターシャさんが初めて日本語で詞を書いた曲。故郷のことを思い出しつつ、たっぷりと情感豊かに歌ってくださった。

余談だが、この曲はとても記憶に残るようにできていて、9月29日の石巻ライブ10月3日の京都ライブが終わってから何度も脳内に蘇ってきて口ずさんでしまっていた。CM曲を多数手がけていらっしゃる鑑さんは、人の心に記憶されやすいフレーズをご存じなのかもしれない。

続けて、矢川澄子さん作詞、井上鑑さん作曲『ぶらんこ』。

矢川さんの詞が先で創られた曲だそうな。「詞が先のほうが長生きする氣がする」と鑑さん。

このピュアな詞をナターシャさんが歌うのは素敵だった。キーキーしたソプラノボイスで自信たっぷりに歌われると、耳の奥が痛くなってひじょうに困る。

しかし、ナターシャさんの声はすごくソフトで、まろやかに響く。『出航』を彷彿とさせる休符では、ぶらんこが上空まで上がって一瞬停まり、そこから降りてくる風景が見えてきた。

『wish』。本田美奈子.さんの復帰第一作になるはずだったマボロシの曲である。マボロシだったのは鑑さんも同様だったご様子。「オリコン1位」を強調する理由が「そのこと」を悔んでいたからであることを、今回のMCで初めて知った(ふーむ…)。

今日の『wish』はジャジーで、悲しいイメージはなくて、ひたすら明るくて元気。右手は饒舌に歌い続け、これはGROTRIANだからこその氣がする。

『希望の灯』。ウクライナのポップ歌手が書いた国民的な曲とのこと。日本の合唱団が歌ってくれて、以後、とても知られるようになったという。

確かにこの曲は、希望を感じる。パワフルで元気に満ち溢れている。こういうカラっと明るい曲は、意外に日本の曲には少ないかもしれない。高速に巻きあがっていくGROTRIANのキーがひじょうに素敵だった。

『翼をください』。1番をウクライナ語、2番を日本語で。

カヤグムがメゾで下支えする中、鑑さんのキーは饒舌に語る。間奏になるとキラキラと輝くメロディライン。ピアノの演奏を聴いていたら、脳内には大空を飛行するイメージが見えてきた。真下に広がる緑色の大地、その大地の上を鳥のように飛んでいる。なめらかに……。

そして、お待ちかねの『鳥の歌』。

『鳥の歌』の演奏では、いつもは鳥そのものの姿が見えてくる。だが今日は、鳥ではなく、パブロ・カザルスさんご本人が見えてきた。カヤグムの弦をこする音色やナターシャさんの歌声は悲しげで、お二方の音色に合わせて半ばインプロで応える鑑さんのキーもまた悲しげで、「国境を越えたくとも越えられない悲哀」を感じた。ナターシャさんも金さんも、「戻りたくても戻れない場所」がある。その状態がカザルスさんと共通だから、かもしれない。

 

アンコールは、金子飛鳥さんの作詞・作曲『木もれびの中で』。

飛鳥さんはアメリカ在住で、1年に数カ月は日本に戻って音楽活動を行っている。『木もれびの中で』は、「気持ちはいつも一緒にいたい」と、飛鳥さんがプレゼントしてくださったそうな。『Reflections』同様、飛鳥さんらしい楽曲である。

「飛鳥さんに気持ちを届けたい」想いのたっぷり詰まった演奏は、とても温かだった。鑑さんのオクターブ奏法はリズミカルで想いが満ち溢れていて、聴いているこちらも笑顔になった。

最後は『故郷:ふるさと』。

GROTRIANの音色がじつに美しくて、聴きこんでしまう。一緒に歌う氣持ちはまったく起こらず、延々と聴き入ってしまう。GROTRIANの個性は、鑑さんの演奏によってさらにパワフルに発揮され、ますますエレガンスなシンギングトーンになっている。

GROTRIANの音色を、井上鑑さんの演奏で聴くことができて、聴けるうちに聴くことができて本当によかった。最高だった。

 

GROTRIANのシンギングトーンが印象的なライブでした。

いつか聴いてみたいと思っていたGROTRIANの生の音色を、井上鑑さんの演奏で聴くことができて、とても嬉しかったです。良い機会をいただきました。

演奏者の皆さま、

ありがとうございました。

 

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